人間力向上Blog
自己啓発のために。
2011年1月31日月曜日
1月31日『トイレ掃除の心得』
トイレ掃除の心得は、思い切って素手で行うことです。しかも両手をしっかり使うことです。
目というのは、非常に臆病にできていますが、手は勇気があります。
汚い物でも、一度触ってしまえば何ともないものです。
私は、今では、トイレの雑巾で顔の汗を拭いても、何とも思わなくなりました。
(PHP研究所:鍵山秀三郎「一日一話」より引用)
【所感】
昨年、トイレ掃除の会に参加したとき、素手で掃除をしました。参加前は不安でしたが、開始時、ウィルスなどの心配があるため、手袋をしても良いとのことでした。そしたら逆に素手でやってやろうと思い、意外と出来るんだと思いました。でもタオルを頭に巻いていましたし、さすがに雑巾で汗を拭くことはなかったですが。
2011年1月30日日曜日
1月30日『幸せな豊かさ』
いまの日本は、物質的には豊であっても、社会全体は荒んでいます。
この「不幸な豊かさ」を、思いやりに満ちた「幸せな豊かさ」に変えていかなければ、日本はよくなりません。
そのためには、一人一人が謙虚な生き方をすることだと思います。謙虚な人は周囲を穏やかにします。
謙虚になるための確実で一番の近道がトイレ掃除の実践です。
(PHP研究所:鍵山秀三郎「一日一話」より引用)
【所感】
私は社内や道にゴミが落ちている人を見たとき、この人は謙虚だなと思いました。見ている人はいるものです。私も社内で落ちているゴミに気づいたときは、拾うようにしています。
2011年1月29日土曜日
1月29日『才能の使い方』
生きていく上で、才能はほとんど関係ありません。もちろん、ないよりはあるほうがいいわけですが、あっても使わなければ意味がありません。
問題は何に使うか、どういうときに発揮するか、にかかっています。
悪いことや自分のエゴのためだけに使ったり、ただ自慢するくらいなら、むしろないほうがいいわけです。少しでも人が喜ぶことに使うことです。
(PHP研究所:鍵山秀三郎「一日一話」より引用)
【所感】
どんな人でも、何か才能はあると思います。私もあると思っていますが、なんだか活かしきれていない、なんとか上手く活かすことはできないのか、といつも葛藤しています。活かしきれていないときは、初心に戻るように心がけています。
2011年1月28日金曜日
1月28日『心を磨く』
人の心はそう簡単に磨けるものではありません。
ましてや、心をとりだして磨くことなどということはできません。心を磨くには、とりあえず、目の前に磨ける物を置き、きれいにすることです。
特に、人の嫌がるトイレ掃除を永年続けていると、知らず知らずのうちに自分の心も磨かれ、浄化されるような気がします。
(PHP研究所:鍵山秀三郎「一日一話」より引用)
【所感】
トイレ掃除じゃなくても、裏庭などあまり目の行き届かないところの掃除や、とにかく人の嫌がることを進んでするということを続けていると、心が磨かれるのでしょうね。
2011年1月27日木曜日
1月27日『時間の使い方』
大人と子供の違いは多くありますが、その人の貴重な持ち時間の使い方で判断することもできます。
誰も、あり余っている時間はありません。時間は貴重で、自分のために使いたい時間ばかりです。
その時間を、直接自分の利益に結びつかないことや、周囲の人や社会のためにも費やすことができるようになったら立派な大人です。
(PHP研究所:鍵山秀三郎「一日一話」より引用)
【所感】
会社にて働くことで、社会のためになっているのだとは思いますが、その他の時間の使い方がとうか…というところですね。庭先の掃除や雪かき、ボランティア等に時間を費やすのも、一つだと思います。
2011年1月26日水曜日
1月26日『「志」の定義』
「志」の定義として、これを欠かしたら「志」といえないと考えていることがあります。
一つは、「志」に向かって行動していく過程で、人を感動させることができているかどうかという事です。
もう一つは、自らも感動しつつ、それを継続できているかどうかという事です。この二つがないと、「志」とは言えないと思います。
(PHP研究所:鍵山秀三郎「一日一話」より引用)
【所感】
「志」があれば、自分も相手も感動しながら突き進むのですね。それだけ、人を動かす力なのですね。私も「志」を持って人生を歩こうと思います。
2011年1月25日火曜日
1月25日『気づき』
世の中で、成果を上げる人とそうでない人の差は何か。それはムダがあるか、ないかの差だと思います。
では、ムダをなくすためにはどうしたらいいか。それは、気づく人になることだと思います。気づく人になることによって、ムダがなくなります。
その気づきを引き出すのに、もっとも効果的だったのが、私の場合、トイレ掃除でした。
(PHP研究所:鍵山秀三郎「一日一話」より引用)
【所感】
あとは気づいてそれをすぐ実行するか、ですよね。実行しなければ気づいていないのと同じだと思います。躊躇しない生き方をしたいですね。
2011年1月24日月曜日
1月24日『社員の入退社』
高度経済成長時代は、社員の入退社が頻繁にありました。
白い封筒を胸ポケットから出される度に心を痛めておりました。
そんなとき、いつも自分に言い聞かせていたことは、辞めていった社員が「辞めなければ良かった」、在籍している社員が「この会社に残っていて良かった」と思ってくれるような会社にしたい、ということだけでした。
(PHP研究所:鍵山秀三郎「一日一話」より引用)
【所感】
正直、辞めなければよかった、と思えた会社はありません。自分で事業をしたいと思っているからです。でも自分が事業をしたときには、辞めなければよかったと思える社員、仲間ができれば、と思います。
2011年1月23日日曜日
1月23日『私の両親』
私の両親は貧農の出身で、二人とも小学四年までしか学んでおりません。
従って、高等教育は受けておりません。
私生活では、騒いだり大声を出したりすることを極端に嫌う両親でした。
特に、人に迷惑をかけることに対しては異常なくらい神経質な両親でした。
かといって、むやみに怒られたり、叱られた記憶はありません。
(PHP研究所:鍵山秀三郎「一日一話」より引用)
【所感】
私の両親は高校までいっており、父はサラリーマンでした。サラリーマンの家庭でも苦悩はあったと思うのですが、それを子供には感じさせませんでした。母からは勉強の仕方を教えて貰いました。私は幸せなのだと思います。私もそういう親になり、そういう家庭を持ちたいと思いました。
2011年1月22日土曜日
1月22日『人の評価』
十の能力の人が、十の力を出し切れば、その人は百点満点です。
しかし、百の能力のある人が六十の力しか出さなければ、その人は零点と同じです。けっして六十点ではないのです。
つまり、その人の持っている能力を、どれだけ発揮するかで人からの評価が決まるということです。
人の評価は、能力のあるなしには関係ありません。
(PHP研究所:鍵山秀三郎「一日一話」より引用)
【所感】
やる気が100%か60%か、という見方なのでしょうね。でも、やる気100%でも空回りして60%になってしまうことがあります。そういう時は悔しいですが、めげないようにしています。(笑)
2011年1月21日金曜日
1月21日『大人の責任』
「この町の子供達は、この町の大人達を見て育つ」という言葉があります。
もし、自分の周りに素行の良くない子供達がいたら、それは子供や子供の親だけの責任ではありません。社会全体の問題です。子供の非を、見て見ぬふりせず、自分たちの問題としてとらえて、大人が見本、手本を示すべきだと思います。大人が変わらなければ、子供は変わりません。
(PHP研究所:鍵山秀三郎「一日一話」より引用)
【所感】
私の近所には、素行の良くない子供達はいないと思います。私のアパートの前が小学校なのですが、朝、通学する時間帯に私が掃除をしていると、声をかけてくれる子供がいます。なんだか癒されます。休日、大人達は子供達と一緒に、廃品回収にも積極的に動いています。良い、地域だと思います。
2011年1月20日木曜日
1月20日『履き物を揃える』
履き物を揃えてあるだけで不思議と心が落ち着くものです。
私には二人の子供がいます。
子供にこれといった躾をした記憶はないのですが、物心ついた頃から履き物だけはきちんと揃えておりました。
いやなことや耐え難いことがあって帰宅したとき、玄関に小さな靴がちょこんと揃えてあるだけで、どれだけ救われたことか、わかりません。
(PHP研究所:鍵山秀三郎「一日一話」より引用)
【所感】
人間力をつけるため、帰宅したとき靴をそろえたり、イスを机にいれるように意識しています。私も靴がそろっていると気分が良いです。部屋がきれいだと、もっと気分が良く、そして落ち着きますね。
2011年1月19日水曜日
1月19日『ムダな努力はない』
かつて人間は、相当な努力や年月を積み重ねないと自分の望むものを手に入れることができませんでした。
手に入れる為の手順、手続き、年月、辛抱がどうしても必要でした。では、そうした努力がムダであったか。
決してムダではありませんでした。
努力を重ねる過程で、私たち人間は暗黙の規範、規律、秩序を身につけることができたではありませんか。
(PHP研究所:鍵山秀三郎「一日一話」より引用)
【所感】
こういうことを知ることで、どんな辛いことも継続できるんじゃないかと思います。私はもっともっと努力が必要と思いました。
2011年1月18日火曜日
1月18日『危惧しているのは人の心』
物質的豊かさとは逆に、いまの日本はますます混迷の度を深めています。政治経済だけではありません。
もっとも私が危惧しているのは、人心が悪くなっているということです。平気で人に迷惑をかけて知らんふりをする風潮の蔓延。一人一人の行為や振る舞いに表れています。
こういう行為や振る舞いが世の中を悪くしていく原因です。
(PHP研究所:鍵山秀三郎「一日一話」より引用)
【所感】
考えさせられることは身の回りや職場だけではなく、世の中のこともですね。でも結局一人一人の心のあり方で世の中ができているわけですから、やはり人は心を鍛えないといけないと思いました。
2011年1月17日月曜日
1月17日『三つの言葉』
高崎市立長野小学校四年一組の鈴木順子さんが、私の思いを次の三つにまとめて下さいました。
1.よいことをすれば、人に好かれる。
2.よいことを進んでやれば、人にあてにされる。
3.よいことを続けてやれば、人から頼りにされる。
この三つが守れれば、年齢に関係なく立派な人間になれると思います。
(PHP研究所:鍵山秀三郎「一日一話」より引用)
【所感】
小学四年生でもしっかりと要点がわかるんですよね。そして子供のほうが純粋なだけ、「良い事」をしようとしますよね。小学四年生に負けないようにしなければ、と思いました。
2011年1月16日日曜日
1月16日『苦しみは自分一人で』
会社創業時、資金繰りに困ることがしょっちゅうありました。
このお金がなければ倒産するという状況に追い込まれたことも一度や二度ではありません。
しかし、どんな状況のときでも、社員にも家族にも絶対悟られることなく、自分一人で解決をしてきました。
苦しむのは自分一人で十分と心に決めてきたからです。
(PHP研究所:鍵山秀三郎「一日一話」より引用)
【所感】
これが本当の経営者なのですね。社員や家族に心配をかけるようでは、続くわけがありません。経営者じゃないにしろ、家族や友人に心配をかける生き方はしないように、と強く思いました。
2011年1月15日土曜日
1月15日『できるだけ譲る』
譲れることは、できるだけ譲るようにしております。譲ってばかりいたら人にやられてしまうと考えている人がいますが、そういうことはありません。
譲れることは譲った方が、逆に強くなれるものです。
このことは、いままでの私の人生で、幾度なく体験し痛感してきたことです。人から物を奪うような生き方をしている人は、必ず晩節を汚(けが)します。
(PHP研究所:鍵山秀三郎「一日一話」より引用)
【所感】
バスに乗ったとき、席を譲ろうと意識しています。そう多くはないのですが、そういう意識を以前より強く持つようになりました。これもこの一日一話のおかげです。
2011年1月14日金曜日
1月14日『人生の意義』
与えられた境遇を受け入れて、少しでもよくしていく努力をする。大切な人生の意義だと思います。
たとえ紙一枚の厚さのためであっても、どんな努力も惜しまない。
ときには、何の成果も得られなくても諦めない。
「大きな努力で小さな成果を。」「微差」「僅差」を大切にする。
私の基本的な考え方です。
(PHP研究所:鍵山秀三郎「一日一話」より引用)
【所感】
この基本的な考え方はすごく謙虚だと思います。是非取り入れたいです。またこの考え方であれば、自殺も少なくなるのでは、と思いました。人生の意義を考えるからです。
2011年1月13日木曜日
1月13日『おまけの欲望』
はじめて赤ちゃんを宿したときは、ほとんどの親が「五体満足でありさえすればいい」と思ったはずです。ところが、無事、子供が生まれてくると、明るくて、優しい子になって欲しいとか、スポーツが出来て、勉強ができる子供になってほしいと欲が出てきます。
もともと、子供を宿したときが本来の願いであって、あとの欲望はおまけだと思います。
(PHP研究所:鍵山秀三郎「一日一話」より引用)
【所感】
何を言いたいのかを考えさせられました。(いつもですが…。)「願い」と「欲望」ですね。この「願い」を忘れてはならないのですね。多少勉強ができなかろうが、スポーツができなかろうが、健康でいることを喜びとし、生きていられるこに感謝する心を忘れないように、と思います。
2011年1月12日水曜日
1月12日『本当のムダ』
掃除を始めた頃、「おまえのやっていることは、ざるで水をすくっているようなものだ」とよく言われ、ムダであることを指摘されました。
しかし、私からみると周囲の人のほうがそのような生き方をしているように思えました。現に、バケツで汲んだ水をざるに注ぐようなムダな会社経営をしたために、多くの会社が消えていきました。それこそ、ムダと言うべきでしょう。
(PHP研究所:鍵山秀三郎「一日一話」より引用)
【所感】
人に「そんなことはムダだ。もっとウマくやる方法がある。」などと言われると、私はコツコツとやっていることに心が揺らいでいました。でも今は違うと思っています。昨年、色んな人と出会い、この「一日一話」や他、本を読んで人間力を高めていれば、本当にムダかどうかは判断がついてきていると思っています。
2011年1月11日火曜日
1月11日『掃除の歴史』
最初の十年間は、ほとんど私だけで掃除をしていました。十年過ぎる頃から、一人二人と手伝ってくれる社員が現れてくるようになりました。二十年になるころは、仕入れ先やお客様から評価されるようになりました。二十年を過ぎる頃には、仕事に関係のない方々が掃除研修に来社されるようになりました。三十年過ぎる頃から日本全国に「掃除に学ぶ会」ができるようになりました。
(PHP研究所:鍵山秀三郎「一日一話」より引用)
【所感】
すごいですね!「継続は力なり」のお手本ですね。イチロー選手だって石川遼くんだって、毎日毎日続けてきたので一流になったわけですよね。私も何かの一流になりたいものです。
2011年1月10日月曜日
1月10日『掃除を始めたこのろ社内』
最初の頃は私一人で始めました。そのころ、私が掃除をしていても、社員は感心するどころか、まったく逆でした。
私がトイレ掃除をしている横で用を足していく社員や、階段を拭いている私の手の上を飛び越えていく社員ばかりでした。「掃除なんてしてもムダ。もっと売上を上げて、儲けることが大事」という考え方が、社内の大勢を占めていたように思います。
(PHP研究所:鍵山秀三郎「一日一話」より引用)
【所感】
社員へ指示や命令ではなく、社長自ら掃除してみせることが、すごいことだと思います。私は残念ながら、社長じゃないにしろ、そういう上司をほとんど見た事がありません。でも昨年に掃除の会に参加したとき、色んな会社の社長が来ていました。自社に戻ったときも、もくもくと掃除をしているのではないのかな、と思い出しました。私も行動で示せる人になりたいと思いました。
2011年1月9日日曜日
1月9日『私が掃除を始めた理由』
「心の荒(すさ)みは諸悪の根源」
会社を創業したころ、私たちの業界は大変荒んでおりました。
当然、その業界で仕事をしている社員の心も荒んでまいります。
そこで、この荒んだ社員の心を穏やかにするためにはどうしたらいいのか。熟慮の末、始めたのが掃除でした。この取り組みは間違っていなかった。
いまでもそう確信しております。
(PHP研究所:鍵山秀三郎「一日一話」より引用)
【所感】
私は掃除をしていると、イライラすることもあります。そういう時は心の荒みがあるときなのでしょう。でも掃除を終えて、キレイになると、やはり心は落ち着きます。思い立ったらすぐ、掃除をするといいですね。
2011年1月8日土曜日
1月8日『創業時の私』
自転車に商品を積めるだけ積んで、行商から始めました。当時、自分の欲しい商品は何一つ手に入りませんでした。メーカーの倉庫で、誇りをかぶって置いてあるような商品を譲り受けて売り歩きました。しかも、私がかつて勤めていた会社の取引先には営業することなく、すべて新規開拓の毎日でした。
そのおかげで、工夫し、努力し、忍耐する精神を培うことができました。
(PHP研究所:鍵山秀三郎「一日一話」より引用)
【所感】
やはり人間、このくらい頑張らなければならない時ってあるのですよね。私はまだまだです。これからもっと自分を変えていかなければならないと思っています。
2011年1月7日金曜日
1月7日『理想的「株式会社」』
会社設立の動機は、理想的な「株式会社」をこの世の中に生み出したかったからです。
当時、経営者が公私混同して会社を私物化し、会社のお金も自分のお金も一緒にしてしまうような会社が多くありました。たとえ自分がつくった会社であっても、個人と会社は別人格として経営すべきである、という考え方ではじめたのがいまの会社です。
(PHP研究所:鍵山秀三郎「一日一話」より引用)
【所感】
しかし公私混同する会社が多いのでしょうね。そんなことでは、会社経営が続くとは思いません。今の世の中だからこそ、正しい経営を心がけて欲しいものです。社員も受けた教育を身につけ、人としても正しくあるべきなのでしょうね。
2011年1月6日木曜日
1月6日『会社を辞めた理由』
二六歳で結婚、二八歳で退職し独立しました。
サラリーマン時代の私は、社長にも信頼され破格の待遇を受けておりました。専務にまで取り立てて頂き、専用の車まで与えられていました。
辞めた理由は、待遇に対する不満ではありません。社長の公私混同に代表される経営姿勢への疑問と、人生観の違いだけでした。
(PHP研究所:鍵山秀三郎「一日一話」より引用)
【所感】
社長を含め、役員が公私混同する会社にいたことがありました。役員はある程度、そういうことでいいのだと思っていました。でも辞めて良かったです。次の会社では社員教育に力を入れるところだったのですが、私はここで本当の経営姿勢や、人間のあるべき姿というものに気づかされました。たった半年だけでしたが、感謝しております。
2011年1月5日水曜日
1月5日『「相対差」と「絶対差」』
「相対差」とは、いつも比べる世界です。比べているうちは、本当の心の安らぎは得られません。いつ追い越されるかしれない、いつ失うかしれないという不安感と恐怖がつきまといます。
反対に、「絶対差」。結果に表れた数字はたとえ小さくても、質で比べるものがないという世界です。私はいままで、この世界を追い求めてきました。
その具体的実践が掃除です。
(PHP研究所:鍵山秀三郎「一日一話」より引用)
【所感】
どちらかといえば、私は相対差の世界しか知りませんでした。ハッキリ分かるからです。でも確かに不安と恐怖はつきまといますね。絶対差の世界、実はまだピンと来ませんが、掃除はこれまで以上に意識してやろうと思いました。
2011年1月4日火曜日
1月4日『基本的な生き方』
一、できるだけ譲る
二、掃除を徹底する
三、人を喜ばす
四、自我を張らない
五、与えられた枠を使い尽くさない
六、骨惜しみをしない
この六つを小さく積み上げてきているうちに、ある日気づいてみたら、とてつもなく大きな力を授けられたような気がします。
(PHP研究所:鍵山秀三郎「一日一話」より引用)
【所感】
私は「人を喜ばす」というのが一番足りないと思いました。今年はこれをもっと意識しようと思います。
2011年1月3日月曜日
1月3日『「志」と「欲望」』
「志」とは、高い山のようにはるか彼方にあって、簡単に手にすることができないものでなければなりません。
しかも、「志」に向けて努力することが、自分自身のためになるばかりではなく、社会のためにもなり、国家のためにもなることが重要です。
自分一人のためになることは、「志」ではなく、単なる「欲望」だと思います。
(PHP研究所:鍵山秀三郎「一日一話」より引用)
【所感】
夢や目標がありますが、それが「志」なのか「欲望」なのか、もう一度しっかり考えたほうがよさそうです。欲望は順位を一番下にしなければなりませんね。
2011年1月2日日曜日
1月2日『志を高く』
「山高くして、月上ること遅し」
高い山の麓にいると、月の出てくるのも遅い。山が高いからなかなか月が見えない。つまり、自分の志が高いが故に、自分の願いに到達する事が遅く、なかなか叶えられないという意味です。
それでも、諦めることなく、初心を貫き、大きな志に挑む。
こういう考え方がとても大切だと思います。
(PHP研究所:鍵山秀三郎「一日一話」より引用)
【所感】
目標が高いと達成が遅いのは当然なのですね。いつも焦ったり、途中で投げ出したり。目標を低くしてみたり。何事も、忍耐が必要ですね。
2011年1月1日土曜日
1月1日『ひとつ拾えば……』
「ひとつ拾えば、
ひとつだけきれいになる」
私の思いを込めた言葉です。
大切なことは、一歩を踏み出す勇気。
一歩を踏み出さなければ、前に進むことができません。具体的には、足下のゴミを拾う実践からはじめることです。
ゴミを拾う人は、不思議とゴミを捨てないものです。足下のゴミひとつ拾えぬほどの人間に、何ができますでしょうか?
(PHP研究所:鍵山秀三郎「一日一話」より引用)
【所感】
最近、ゴミ箱の設置も少なくなってきている感じもします。爆弾テロがあってからでしょうか。そのため、拾っても捨てる場所が近くにないと、なかなか持って歩くのも難しいと思っていました。近くにあれば拾うのですが…。この辺が人としてまだまだですね。
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